企業価値評価(valuation)を日本語で学ぶ
昔は企業価値評価を学ぶためには、読みにくいマッキンゼーの本を何とか読むか、英語の原典で学ぶかという少ない選択肢の状況で、背景知識が薄い方が企業価値評価(バリュエーション)を学ぶのは敷居が高い状況でしたが、昨今は日本でもM&Aが盛んとなり、ビジネスのパイが広がったためか、企業価値評価の入門書といえるもので、良い本が増えてきている印象です。
以下、現在刊行されている本をレベル別で分けてみました。(個人の感想です)
入門レベル(簿記3級から読める)
一般教養レベルで、企業価値評価について知りたい・興味がある(CAPMって何、DCFってどゆこと、という方向け)、ということであれば、コストパフォーマンス的な観点で、以下の日経文庫3部作がベストオブベストと思います。(全部で4,000円もしないくらい)
コーポレート・ファイナンス入門は、2004年刊行で自分も学生時代に読んだ(確か授業の指定教材だったか何か)本で、しばらく改訂されずにいたのですが、今年に入って第2版が出版され、経済環境に関する記載などが大幅に加筆・修正されています。
①まずはコーポレート・ファイナンス入門(王道本)
②変更して以下も読むと、理解が深まると思います。こちらは数式等は控えめとなっており、根っからの文系人間という方は、戦略的…から始めたほうが違和感少ないかもしれません。
③最後にこの本。後半部分は、クロスボーダーの話が入るので為替を考える必要がありちょっとハードルあがりますが、前半半分のエンタープライズ部分を読んで理解するだけでも、ゼロスタートの方にとってはかなりのベネフィットになると思います。
考え方を整理する(ややかじった人向け)
外野でニュースを眺めている立場から、経営企画部や財務経理部で実際に企業価値評価に関わるようになると、実務的なこと(Excelでの財務モデル作成、コントロールプレミアムってこれでいいんだっけetc)で忙殺されて、だんだんと企業価値評価が分かったような気もするし、わかっていないような気もする、というモヤモヤな状況に陥ることが多いように思います。(周辺段)
そういったときに、基本に立ち戻って考え方を整理するのは、自身の理解を深め、リスクプレミアムの妥当性など後付け理由的なものと本質部分を切り分ける上でも、重要かと思います。
①Amazonで凄まじい高評価を得ているグロービスで教鞭をとる森生さんが書かれた一冊です。おそらく多くの方は理論側から実務に入るというよりは、実務から理論側を眺めることが多いと思いますが、そうした方にはうってつけの本だと思います。
②グロービス本が続きますが、以下もとても良い本だと思います。コーポレート・ファイナンスが一般化・標準化されている中で、教科書としての立ち位置を獲得した本らしく、英語の和訳で若干読みづらい部分はありますが、各所の設例も簡潔でわかりやすく、理解の整理に役立つかと。
ファイナンシャル・マネジメント 改訂3版---企業財務の理論と実践
- 作者: ロバート・C・ヒギンズ,グロービス経営大学院
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2015/02/27
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログを見る
私自身が会計ムラの住人であることもあって、事業視点というより会計視点で読んでいるということはありますが、事業視点で読まれる方にとっても上記の本はとても参考になると思います。
以上、勝手ブックレビューでした。
東芝 PwCによる結論の不表明
金融商品取引法の規定により株式会社東芝の連結財務諸表の監査を行うPwCあらた監査法人が、同社の2016年6月期、同9月期、同12月期の連結財務諸表について、それぞれのレビュー報告書で結論の不表明(disclaimer)を表明しました。
これでPwCあらたは、自らが担当した会計期間のレビュー報告をすべて撤回したことになります。
年度末の監査報告書、四半期のレビュー報告書は、ざっくり3つのレベルに分かれています。つまり、1.問題なし、2.部分的に問題あり、3.問題あり の3レベルです。
今回の結論の不表明(disclaimer)は、このうち3.問題あり、の区分で、不適正(adverse)の結論の表明と同じレベルです。
通常、システムトラブルで会計数値が吹っ飛んだとか、天災があって実務上監査手続きを行うことが不可能だとか、不可抗力に伴って不表明になるケースと、今回のように、監査を受ける会社側が、資料の提出や必要な協力を行わない場合に表明されますが、対象の財務諸表に3.問題あり と表明するわけですから、何れにしても非常にレアです。
報道や開示資料からの個人的な妄想ですが、
・日本のPwCあらたのチームが、USのPwCにWEC社の監査をさせていて、実際に現地に誰かパートナーが飛んでoversiteしている
・USのPwCはWEC社についてdisclaimerを表明している or 表明しようとしている、または、adverse opinion を表明しようとしている。
・このままだと株式会社東芝のレビュー報告も、良くてdisclaimer、場合によってはadverseとなるため、日本のPwCあらたが東芝の監査委員会に状況を報告した。
・東芝の監査委員会は、あわてて調査を本格化させたが、US PwCの懸念を払拭する調査を達成できなかった。(監査委員長がフォレンジックのメールの件数を強調していましたが、プレッシャーをかけるのは普通in personでやるでしょうから、ちょっと意味不明ですよね。要するに、時間も限られますし、PwCが否定的結論を表明することを見越して、実際に表明されたときに対面を守るための、そうゆうレベルの報告書が作成・提出されたということですかね。
・日本のPwCあらたは、adverseを出すかdisclaimerを出すか、US PwCとも悩んだ挙句、担当した過去全ての全てのレビュー報告書にdisclaimerを付けることにした。
なんとなくですが、WEC社の監査を行うUS PwCは、従業員からの直接の通報か何かで、財務諸表の不正の証拠を握っているのでは無いでしょうか。過年度修正が必要なことについて、相当な自信があるように感じます。
また、記者会見では某ニュースサイトで有名な独立アナリストの方が、半導体子会社を時価評価しないのは矛盾だ、とか、監査法人を変えるべきだ、とか、ちょっとアレな質問されていて、会計面はCFOの平田さんが困り顔で会計基準上はそういった処理は認められない旨回答されていたのが印象的でした。
一方で、監査法人の選定を行う監査委員長の佐藤さんは、監査法人の変更の可能性はゼロでは無いと言ってしまって、非常なニュースになっています。
(東芝担当アナリストとしては、UBSの方に個人的には注目していたのですが、質問当てられませんでしたね。こうやって厳しい発言をするアナリストを外して、comfortableな質問をする人に発言させにいく姿勢も、こういった非常時の広報IRのあり方として考えものですね。某独立アナリストは、前回の記者会見でもかなり早いタイミングで当てられていた印象です。
佐藤さんはトーマツCEO経験者ですから流石にご存知でしょうが、不可抗力以外の理由で結論の不表明をしたということは、PwCあらたは、これまで掛かった費用を請求した上で監査契約の解除することを検討しているはずで、もし契約解除&辞任されたら、現実的には後任監査人は見つけられない(か、記録的に高額な監査報酬を払って、DeliitteかKPMGに引き取ってもらう)でしょうから、そもそも東芝は2017年3月期の連結財務諸表の監査を受けられない状況となります。
さて、EYだけではなくてPwCまで騙しに掛かったように見える東芝ですが、今後どうするのでしょうか。上場廃止は確実と思っていますが、その場合USGAAPの連結財務諸表を法定監査向けに作成出来ないと思われますし、再上場までの間にしれっとIFRSに変えて、移行作業で色んなものを隠しにいくのでいくのでしょうか。
外野からは色んな声があるでしょうが、経営者による内部統制無効化が生じている大規模企業監査、という途方も無い課題に対して、PwCはとても立派な仕事をしていると思います。個人的には応援しています。
新リース基準 短期リース
有給休暇引当金 USGAAP/IFRS
この方は本当にたくさんの本を出されますね。US.GAAPの辞書本で有名な長谷川さん(トーマツの元パートナー)が出された、日→IFRSの組み替え仕訳ハンドブックなるものがあり、書店で立ち読みしていました。
(長谷川さんの本はいつもそうですが)かなり実務的な本で、仕訳レベルで日→IFRSへの組み替え仕訳が列挙されています。日本基準からIFRSへ移行される会社の連結経理の方や、親会社がIFRSへ移行した子会社・孫会社の経理の方に、非常に役立つ内容と思います。
一般的には、以下の方法で有給休暇引当金を計算します。
①有給休暇の消化率を求める
日本においては、労働基準法において被雇用者に付与すべき有給休暇の日数が定められており、また、法定の有給休暇を取得する権利は2年間有効であるものとされています。
↓大阪労働局による解説。
一般的には、この付与されてから2年間の有効期間内にどれだけの日数が消化されたかによって、消化率を測定します。
例:従業員100名の企業が、2015年1月1日に、全社員に20日の有給休暇を付与し、2016年12月31日までに、そのうち1500日が消化された。
有給休暇消化率 = 有給休暇取得日数(A) ÷ 有給休暇付与日数(B)
有給休暇取得日数(A)= 1,500日
有給休暇付与日数(B)= 100名 × 20日 = 2,000日
有給休暇消化率(A÷B)= 1,500日 ÷ 2,000日 = 75.0%
より単純に2016年の総付与日数と、2016年の総取得日数で有給休暇消化率を計算する方法もありますが(「上場企業有給休暇取得率ランキング!」みたいなものは、この方法。)、IFRSでは、消化率の算定方法として、この手法は想定していないような気が個人的にはしています。(IAS19号BC26項)
②今年の有給休暇付与日数を求める
消化率さえ求めることができれば、2017年に付与される有給休暇の総日数を計算します。実務的には、人事部門へのデータ要求をせねばならず、こうしたデータの管理は得てしていい加減になっていたりして、この作業が最も大変かもしれません。
③消化率と付与日数を掛けて、見込み消化日数を計算する。
これで、①消化率と②有給休暇付与日数がわかりましたので、当年度の有給付与に対して引当金を立てるべき日数、つまり見込み消化日数を計算します。
例:消化率=75%、当年度有給休暇付与日数=2,200日の場合
見込み消化日数 = 消化率 × 当年度有給休暇付与日数
= 75% × 2,200日 = 1,650日
④引当金の金額を計算する
見込み消化日数がわかれば、あとはその見込み消化日数に平均日給の金額を掛けて、有給休暇引当金の計上額を計算します。
例:見込み消化日数=1,650日、平均日給=20,000円
有給休暇引当金 = 見込み消化日数 × 平均日給
= 1,650日 × 20,000円 = 33百万円
⑤計上時の仕訳
あとは実際に仕訳として計上するだけです。
人件費 33百万円 / 有給休暇引当金 33百万円
その後は、実務的に可能な頻度で洗い替えていくことになろうかと思います。
(同じ長谷川さんの以下の本に、有給休暇引当金についてのもう少し細かい説明があります。)
有給休暇というと、昨今のブラック労働ニュースと紐付けられて理解されるケースが多いかと思いますが、IFRS/USGAAPの適用で有給休暇引当金の計上を会計的に求められたとしても、実際の有給休暇の取得が進むとは考えずらいと思います。
むしろ、1日1日の有給休暇取得が会計上の費用として認識されるため、有給休暇を取得しなければその分費用計上をしなくてすむ(または、引当金計上後の戻り益を期待できる)こととなり、有給休暇の取得推進の観点では、ネガティブな影響があるかもしれません。
東芝:GC注記が付いた場合ののれんや無形資産の評価って?
やはり東芝さんは厳しい情勢ですね。債務超過は避けられないとなると、四半期報告書にはGC注記が付くことになるのでしょうか。
ちょっとUSGAAPを整理しきれていないのですが、GC注記が付いたときにインカム・アプローチで評価した資産の取り扱いをどうするのか気になっています。おおむね5年先までの計画をもとにのれんや無形資産が評価されているかと思いますが、GC注記が付くことで、そもそも5年先に会社が存続しているかどうかわからないと企業自身が表明することになって、のれんや無形資産の金額決定の前提となる計画が無意味なものであると評価されるおそれがあるような気がします。
ちらっと記者会見とその後の質疑応答を見ましたが、平田CFOの受け答えを見ると引き続きDCFで評価しているものがある(ただやはり、WACCは上げている模様。)ようです。ランディス・ギアののれんやその他ののれんの再評価やPPAで発生した無形資産で減損を計上することは、WACC上昇やブランドイメージ低下に伴う事業環境の悪化を踏まえるともはや不可避だと思いますが、その額がどの程度になるのか、フォローしていきたいと思います。
個人的な雑感 東芝減損の件
年始でやることもなく、先日の記者会見や過去開示資料などひっくり返してみましたが、やはり込み入っていて「数千億円」というのが何を指すかは想像の域を出ないですね。。
ちょっと整理するだけでも、S&W買収にかかる「のれん」の計上、当該「のれん」の減損、WEC連結での「のれん」の減損(10月1日基準、12月末基準)、(株)東芝連結での「のれん」の減損(10月1日基準、12月末基準)、格付低下→WACC(WARA)の上昇で他の「のれん」や耐用年数のない「無形固定資産」の減損兆候にならないか、S&W社買収プロセスに内部統制の不備は無かったか、特設注意銘柄(最終期限は3月15日)から出られるのか、有利子負債のコベナンツはどうなってるのか…等、かなりの数に及びます。。
以下、個人的な雑感です。
①この3Qで原子力関連事業だけで減損テストを4回やる?(大変。。)
米国会計基準上、のれんの減損テストは少なくとも年に1度、一定の時期に行うこととされており、東芝の原子力関連事業に関しては、WECグループ・(株)東芝の原子力事業どちらも毎年10月1日基準で行うものとされています。
(ただし、減損の兆候がある場合には、随時減損テストを実施する必要有。実際に、2016.2月末時点で(株)東芝の原子力事業で減損テストをやっています。)
既にWECグループ、(株)東芝の原子力事業の双方で、10月1日基準の減損テストが進行(時期的にはもう結論が出ている?適時開示をしていないことを鑑みると、減損無のはずだった?)していると思うのですが、仮に12月末時点でS&W社のPPAが完了し、巨額ののれんが計上され、減損兆候→WECグループでの減損テストで実際に減損が認識されると、(株)東芝の原子力事業でも12月末基準での減損テストもやり直す必要が生じるんじゃないかな、というのが個人的な見立てです。(大変ですね。)
「のれん」だけに絞れば、(株)東芝の原子力事業で持っているのれんはせいぜい1000億円程度で、2016.2月に減損を実施していることを考えると、巨額の減損が出てくるとすればWECグループなのかなと思います。
また不運なことに、この3Qはだいぶ円安が進みましたので、USDで報告するWEC社の損失がJPYベースでは大きく評価されますね。。
②格下げの影響
各種格付け機関のレーティングが12月末に下がっています。原子力関連事業については、WEC・東芝どちらの減損テストでもインカム・アプローチを使っているといっていますから、12月末基準の減損テストはWACC/WARAの上昇の影響があるかもしれません。(将来キャッシュフローの割引率が高くなって、事業価値が小さく算定される。)
原子力関連以外では、ランディス・ギア社(スマートメーターの会社)に関連してざっくり1700億程度ののれんがあるようで、こののれんに関する減損テストに影響がある(格付け低下が減損兆候となって、減損テストを要求される?)かもしれません。
それと、あまり話題になっていませんが、非償却の無形資産でインカム・アプローチで評価してるものって無いんですかね。IR説明会を全部聞いたわけではないので、アナリストの方が質問されていたらすみません(質問しそうな気がします)が、社会的に認識が広まりつつある「のれん」にばかり焦点があたっていて(それはそれで良いことだと思いますが)、PPAで認識した非償却の無形資産の存在が忘れられている気がします。
③特設注意銘柄から脱することができるのか(上場廃止にならないか?)
この点についてもあまり焦点が当たっていない気がしますが、今回の減損損失の話、つまるところS&Wの買収時DDに不備があった(東芝/WECは相当酷いDDをやった)ということで、東芝またはWEC社の企業買収に関する内部統制に疑問符が付きかねません。(子会社の東芝テックのIBM RSS事業買収の件もありますし。。)財務報告に関する内部統制の評価は、正直なところ厳しくない日本基準ですのでどうにでもなるでしょうが、東証との関係で印象悪であることには変わりありません。ただでさえ、特設注意銘柄の指定が継続され、最終期限が3月15日(ここまでに内部統制の改善が間に合わなければ監理ポスト→上場廃止)と迫っている現状で、改善が進捗していることを印象付けたかったでしょうから、泣きっ面にハチですね。
今回いろいろと資料を見ていて思ったのですが、原子力事業の営業利益率が6%程度で、2兆円程度の米国プロジェクトで数千億円の追加費用が突然出てきてしまうのであれば、そんなローリターン・ハイリスクな事業は止めてしまった方が良いような気がします。
*あくまで個人の見解です。内容は的確であることに努めていますが、その正確性や特定の目的適合性を含め何ら保証するものではありません。プロフェッショナルのアドバイスをもとにご判断ください。
韓国海運最大手の韓進海運(Hanjin)の経営破綻 - 保険適用の範囲
英語ですがこちらのほうが詳細です。
こういった国際倒産は、巨額の弁護士費用がかかるんだろうなあ、と思いながらニュースを眺めていたのですが、会社更生法に相当する経営破綻の場合に保険がおりるのかどうか、個人的に気になっていました。外交貨物海上保険の標準約款(ICC)では、確か破産の場合は保険の適用が無かったような気がしていまして。
この疑問にどんぴしゃの回答をJETROさんが用意してくださっています。(以下、JETRO HPより引用。)
【Q2 今回の事態で貨物海上保険は適用されるか】
A.外航貨物海上保険において現在主流となっている 2009年改定協会約款(Institute Cargo Clauses: ICC)では、ICC(A)<1963年協会約款の全危険担保(All Risks)に相当>を付保した場合は、船会社の倒産により保険証券記載の仕向地以外の場所で運送契約が打ち切られ、その結果として本来の仕向地までの継 続費用が発生した場合には保険金の支払いの対象となります(ICC(A)第12条)。ただし、当該倒産情報を被保険者が知っていたか、または通常業務にお いて知っているべきであった場合は対象外となります(同第4条第6項)。また、輸送の遅延についても保険の免責事項となっており、今回の船会社の倒産で輸 送の遅延が生じ、当該遅延によって貨物に損害があったとしても保険金の対象とはなりません(同第4条第5項)。実際に保険金が支払われるかどうかは保険契 約の内容や状況に応じ個別の対応となるため、貨物海上保険を契約している保険会社に個別にお問い合わせください。
韓進海運の経営破たんについて | お知らせ 2016年 - お知らせ - お知らせ・記者発表 - ジェトロ